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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3908号 判決

原告 須田庄七

被告 竹見藤吉郎

主文

被告は原告に対し別紙〈省略〉第一目録記載土地につき昭和二十八年十月五日東京法務局江戸川出張所受附第九四三八号を以てなした所有権取得登記の抹消登記をせねばならぬ。

被告は原告に対し別紙第二目録記載家屋を収去し、同第一目録記載土地を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに主文第二項の部分につき仮執行の宣言を求め請求の原因として、原告は昭和二十八年一月二十九日訴外岩楯春雄に対し元金二十万円、利息月九分弁済期を翌二月二十八日と定めて貸付け、(但し利息天引済)右債権を担保するため同人所有にかかる東京都江戸川区一之江三丁目四番地の四所在宅地二百六十四坪三合八勺及び同所四番地の二の地上の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二十七坪二合五勺、附属萓葺平家建物置一棟建坪十三坪につき抵当権の設定を受け且右期間内に債務を履行しないときは債権者が右各物件の所有権を取得することができるという代物弁済の契約をなし、右抵当権の実行の方法によるか代物弁済の方法を選ぶかという選択権は債権者に在るものとし、翌三十日右抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記をした。而して同訴外人は同年六月五日右土地を四番地の四(百八十四坪三合八勺)及び同番地の六(八十坪)に分筆し、同番地の六を訴外高瀬三郎に対し所有権移転登記をなし、同訴外人は更に同年十月五日、同番地の六を同番地の八(三十坪)と別紙第一目録記載土地に分筆した上、第一目録記載土地を被告に売渡してこれが所有権移転登記をなし、被告は右土地にその所有にかかる別紙第二目録記載家屋を建築して居住し、現に右土地を占有している。しかるに一方岩楯春雄は右履行期を経過しても一向にその債務の支払をしないので原告は前記代物弁済の契約に基き同年九月二十七、八日頃、岩楯に対し本件土地に対する所有権取得の意思表示をなしてこれが所有権を取得し同年十月八日前記仮登記に基く本登記を了した。よつて原告の所有権は仮登記の日たる昭和二十八年一月三十日に遡及して対抗力を生じたことになるので被告はその所有権の取得を以て原告に対抗しえないものといわなければならない。そこで被告に対し右登記の抹消及び右土地所在家屋の収去並びに土地の明渡を求めるとのべ、被告の仮定抗弁を否認した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。との判決を求め答弁として、原告と岩楯春雄との間に原告主張の如き消費貸借のなされたこと、その後原告主張の如き経路を辿つて土地の分筆がなされ、昭和三十年十月五日被告が高瀬三郎より別紙第一目録記載土地を買受けこれが所有権移転登記を受けた上、右地上に自已所有にかかる同第二目録記載家屋を建築して居住し現に右土地を占有していることはいずれも認める。その余の事実はすべて否認するとのべ、抗弁として、仮に原告主張のような代物弁済の契約がなされたとしても原告の岩楯に対する前記債務の履行を担保するため不履行の際譲受けることを約した物件の価格は土地建物を併せて合計約八十万円に達する。斯の如く僅か二十万円にも満たない債権を担保するためこのような高額の物件を譲受けることを約せしめることは明かに公序良俗に反するものというべく、従つて右契約はその効力を生ずるに由ないものというべきであるから原告の請求に応じ難いとのべた。〈立証省略〉

理由

昭和二十八年一月二十九日原告が訴外岩楯春雄に対し金二十万円を弁済期を翌二月二十八日と定めて貸付けたこと(但し月九分の利息天引済)同訴外人は同年六月五日東京都江戸川区一之江三丁目四番地の四所在宅地二百六十四坪三合八勺を四番地の四及び六に分筆し、同番地の六を訴外高瀬三郎に所有権移転の登記をなし同訴外人は同年十月五日同番地の六を同番地の八と本件土地(同番地の六宅地五十坪)に分筆し本件土地を被告名義に同日附売買を登記原因とする所有権移転登記をなし被告は右地上に自己所有の本件家屋(第二目録記載)を建築して居住し現に本件土地を占有していること当事者間に争がない。

そこで原告と岩楯との間の代物弁済の契約の有無について按ずるに、いずれもその成立に争ない甲第一号証乃至三号証及び原告本人訊問の結果(第一、二回)によれば岩楯はパチンコ店経営の資本にあてるため金融業者たる被告に対し金員の借用方を申込み、その結果前記の如き消費貸借契約がなされ、且右債務の履行を担保するため前記四番地の四所在の宅地二百八十四坪三合八勺及び同所同番地の二の地上の建物等につき抵当権の設定と、右債務の支払をしなかつたときにはその支払に代えて右土地等の所有権を原告において取得することができるという代物弁済の契約がなされ、その選択は原告に委ねられたこと、同月三十日保告と岩楯は同道して登記所え赴き右抵当権設定登記及び代物弁済に基く所有権移転請求権保全の仮登記をしたことを認めることができ、これに反する証人岩楯さだ同岩楯春雄の各証言は共に前掲各証拠に照していずれも信用し難く他にこれに反する何等の証拠もない。

そこで次に被告の仮定抗弁について考えてみるに証人岩楯さだの証言によれば当初代物弁済契約の目的となつた物件の価額は約百万円、原告本人訊問の結果(第一回)によれば約八十万円と供述している。よつて少くとも右物件の価額は約八十万円を下らないものであることはこれを推測するに難くない(これに反する原告本人訊問の結果(第二回)は信用し難い)。併乍ら他に特段の主張立証のない本件においては唯右理由のみを以てしては公序良俗に反するものと断定するをえないのみならず逆に却つて右代物弁済の契約は岩楯において前述の如くパチンコ屋経営の費用の必要を感じ原告に対しこれが融資方を申込んだ結果、原告より担保提供方の要求があり岩楯も他に時価約四百万円の土地を所有していたので右土地を売却しさえすれば必ず返済できると考え(証人岩楯さだの供述による)平隠裡に右の如き取極めがなされたものであつて、原告において不当な利益を得る目的を以て債務者の無智、窮迫等を利用し右物件が債権額を遙かに上廻るものであることをとくにかくしてなされたものとは認め難い。のみならず原告本人訊問の結果(第二回)によると右代物弁済契約は一箇月の履行期を経過しても支払のないときは直ちに所有権移転の効果を生ずるものではなく原告において或程度履行を猶予し、なお且つ支払のないときに始めて所有権取得の意思表示がなされる趣旨であつたところ、岩楯は原告よりしばしばその履行を催促されても一向に支払をせず、斯くては遅延損害金も相当にかさんだので原告は同年九月下旬岩楯方に赴き右代物弁済に関する契約に基く本件土地の所有権取得の意思表示をなしてこれが所有者となり且予め岩楯より交付を受けていた登記済証等必要書類を添えて翌十月八日前記仮登記に基く本登記を了したものであることが窺われる。(これに反する証人岩楯さだ同岩楯春雄の各証言はいずれも信用し難い。)加うるに右契約当時後日本登記を了するまでにはなお相当の日数の経過が予想され、従てそれまでの間に目的土地が他に売却され建物等が建築され得る可能性も考えられたこと等を併せ考えれば当初の債権額に比しその担保の目的となつた物件が約四倍に達するということ丈の理由を以てこれが公序良俗に反し無効であるとする被告の抗弁は理由がないものといわなければならない。

よつて原告は昭和二十八年九月下旬頃岩楯に対し本件土地に対する所有権取得の意思を表示したことによつてこれが所有者となり、次で翌十月八日前記仮登記に基く本登記を了したことによりその所有権は仮登記の日たる同年一月三十日に遡つて対抗力を取得したものと解すべきところ、被告の登記は前述の如く同年十月五日になされたのであるから原告の本件土地に対する所有権は被告に対し優先的効力を生じたものというべきである。

そこで被告に対し所有権取得登記の抹消登記手続並に右地上に存するその所有に係る家屋を収去してこれが明渡を求める原告の請求は理由があるのでこれを認容し、なお仮執行の宣言はこれを附するを相当でないと認めて右申立を却下することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 菅澄晴)

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